冬の夜伽と翁の背中

病院 入院旅先で病に侵された知人が、治療の甲斐無くこの世を去った時のことです。

暇を見つけては電車で遠路はるばる見舞いに通ったのですが、見舞いの度ごとに精気が失われてゆくのが素人目にもはっきりとわかり、とても悲しかったです。
しかし、私にできる唯一のことは、励まして病魔に打ち勝たせることだと思い切り、決意して振る舞いました。

何度か病状は回復したものの、結局は病には勝てず、人生を思わぬ土地で全うすることになりました。
無念だったと思います。
病院の関係者は良く尽くしてくれたと思いますが、私の心残りは、最期の場に立ち会えなかったことです。
危ないかもしれないということを知人の家族に知らされ、最終の連絡電車でかけつけた時は山を越えたようで、やや安心して家族の用意してくれた安宿で一夜を過ごすことにしました。

翌朝、病室を訪ねると知人の姿はそこにはありませんでした。
しまった!、と心の底から思いました。
家族の方を見つけて経緯を聞いたところ、真夜中過ぎに急に亡くなったとのことでした。
呼ぶ手段も無く(携帯が普及するはるか以前の話です)、既に亡くなってしまったので朝を待ったとの答えを聞いた時、悔悟の念が湧きあがって来ました。
今回もいつもと同じように持ちこたえてくれる。そんな甘い考えがあったのも事実です。

最期の面会の時に、もっとましな話をしておけばよかった。でも、もう遅い。一緒に時を過ごす機会は永遠に失われてしまったのだから。
幸い、私はまとまった休みに入った時でしたから、せめて最後のお別れはしたい。霊安室に移された知人とその家族の方々と、その夜を過ごすことにしました。
ロウソクと線香が絶えないように番を続け、仏様を見守りながら思い出話を続けてお互いを慰める。私にできた唯一の行為でした。

用を足しに病院の本館へ戻ると、冬の夜の病院の冷たい空気が身も心も凍えさせました。
物心がついてからの最初に直面する、身近な人間の死だったからです。
いつもは人で溢れかえる待合室に、松葉杖を傍らに座っている老人の姿が目に入りました。
いつもなら気に留めることなく立ち去るのですが、妙に人恋しくなり、声をかけてみました。
その人は自分の病状を私に語り、私は「家族を亡くしたばかりだから、お大事に」と言って別れました。

外は雨が降り続き、故人との別れの雰囲気を演出するには絶好の条件でした。
翌朝、顔を洗いに本館へ戻ると昨夜の老人が同じ場所で別の老人と話をしていました。
彼は私を見ると、「さっき話した人だよ」と、私の方を指さして連れの方に話したのが聞こえました。
見知らぬ者同士でも、心に共通する痛みを抱えていると通じ合える何かがあるのだ、と私に教えてくれたのです。

簡単な式を終え、荷物の整理を手伝ってから家族の方と別れました。
それ以来、一度も会う機会は無く、恥ずかしい話ですが知人の墓所さえ知りません。
でも、私の心の中では彼は未だに生きています。

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